ロエベ

始めて耳にするブランドです。男性では知らない人も多いのでは無いでしょうか?価格帯はかなりお高めです。

 

コートなんて765000円ですよ…(汗)ちょっと買えませんね…(汗)全体的に落ち着いた雰囲気で40代女性でも着れるんじゃないでしょうか?

 

多分査定額は高くなると思われます。元が高いし人気ランキングにも入っているブランドですからね~そんなに売る人いないんじゃないでしょうか…(笑)

 

以下解説サイト引用

 

ロエベのブランドの始まりとしては、2つのポイントがあります。

ひとつは1846年にスペインの皮革職人が数人でマドリードに立ち上げたレザーグッズを取り扱う工房を立ち上げたこと。

そして、もうひとつは1872年にドイツ職人のエンリケ・ロエベ・ロスバーグがこのスペインの工房を訪れた後にその製品の素晴らしさに感動し、自身の名前を冠したハウスを立ち上げ、パートナーとしてともに働くようになったことです。

ロエベの歴史の上では、1846年がスタートとなりますが、実際にLOEWE(ロエベ)ブランドとしての立ち上げは、1872年と言ったほうがよいかもしれません。

エンリケが工房に加入して資金を潤沢に準備できるようになったことからマドリードの貴族の間で評判になり、1892年にはプリンシペ通りに店舗併設型の工房である「E.ロエベ・ブティック」を開設しました。
スペインでは商品を陳列するタイプの店舗は珍しく大きな話題を呼び、すべての製品に「Leather Goods Factory(レザーグッズファクトリー)」というエンブレムが刻印され、今ではアマソナを筆頭にロエベの顔となっているハンドバッグの製作もスタートしました。

大きな成功を収めたのは1905年のこと。
当時のお得意様でスペインを代表するセレブリティであったコンキスタ公爵夫人によってスペイン王室に紹介され、独創的で高い品質を誇るロエベ製品が気に入られ、アルフォンソ13世から王室御用達の称号を授かります。

これによってLOEWE(ロエベ)はスペインブランドの最高峰となり、大きな飛躍を遂げていくのです。

王室御用達という後ろ盾を得たロエベは国内で一気に事業拡大に舵をきっていきます
バルセロナに2号店をオープンしたのを皮切りにスペインの主要都市に続々と店舗を展開していきました。

自社工場も建設し、ロエベブランドの製品は高い品質とオリジナリティによってスペイン国内で絶大な人気を誇るブランドとなっていましたが、実はロエベの店舗ではロエベ以外のブランドも取り扱っていたのです。

なんとクリスチャン・ディオールやシャルル・ジョルダン、クロエ、ロジェ・ヴィヴィエといった今でもハイブランドとして一線で活躍する一流ブランドがロエベのショップに並んでいたというから驚きです。
まさにハイブランドのセレクトショップのような立ち位置となっていました。

かなり後になりますが、1985年には世界一のラグジュアリーブランドの名をほしいままにしているルイ・ヴィトンの販売権も獲得しているのです。

ロエベの歴史を語る上では、店舗デザインも見逃せません。
スペインでは珍しかった店舗併設型の工房を立ち上げたのが、創業初期の1892年。

そこから1939年には半円形のショーウィンドウが抜群のインパクトとなったグラン・ビア店をオープンします。
このグラン・ビア店を手がけたのが、建築家のフランシスコ・フェレ・プロトロメで、ロエベのラグジュアリーで洗練されたイメージ構築に大きな役割を果たしました。

1945年以降は、ホセ・ペレス・デ・ロサスがショーウィンドウの設計に携わり、エレガントで豪華な魅せるショーウィンドウが話題となりました。

1959年には、スペインで最も権威のある建築家であったハビエル・カルハバルがデザインした900㎡のブティックをマドリードのセラーノ通りにオープンしました。
この店舗はインテリア業界では先頭を走っていましたが、まだまだスペインでは馴染みのなかった北欧スタイルを取り入れ、斬新な店舗建築の先駆者としての名声を得て、アバンギャルドなブランドとしてロエベの評価をさらに高める結果となりました。

この時代のロエベは最高級ブランドとしてヨーロッパ全土にまでその名を轟かせ、各国のセレブがロエベの店舗を訪れており、ラグジュアリーブランドとは切っても切れない縁のあるモナコ公国妃グレース・ケリーも顧客リストに名を連ねていたほどです。

スペインで圧倒的な地位を築いたロエベですが、1960年代に入り、いよいよ世界への進出が始まります。

手始めは1965年のプレタポルテ事業のスタートです。
プレタポルテのスタートにあたり、カール・ラガーフェルドやラウラ・ビアジョッティ、ジョルジオ・アルマーニといった錚々たるデザイナー陣を迎え入れたとされていますが、実はロエベのプレタポルテ事業が本格化するのは20世紀以降なのでこうした顔ぶれの作品に関する記録はほとんど残っていないというのが実情です。

ロエベが世界的に認知される大きなきっかけとなったのは、1970年代に発表された2つのアイコン。

ひとつは1970年に発表された「アナグラム」。
アナグラムは、現在でもブランドを象徴するアイコンとしての広く認知されている4つの“L”を組み合わせたデザイン。スペインの画家ヴィンセント・ヴェラによって生み出されたこのアイコンはロエベの最高級レザーのくおリエティマークとして刻印されています。

そしてもうひとつは、1975年にリリースされた「AMAZONA アマソナ」。 現在でも
ロエベ=アマソナ
という方程式が成り立つほど、ブランドのアイコンバッグとして、そして定番として多彩なバリエーションが発表されています。

こうしたアイコンの確立によってロエベは世界的な人気ブランドとして飛躍していくのです。

LOEWE(ロエベ)にとって大きな転機となったのは1996年。
2000年前後というのは、ラグジュアリーブランド業界で大きな変革が起こっていた時代であり、ロエベもその波に飲み込まれたブランドのひとつです。

何が起こったかというとLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)に買収されました。
LVMHは現在世界最大のブランドコングロマリットで、1985年にはルイ・ヴィトンと提携をして、ロエベの店舗でルイ・ヴィトン製品を販売するなど縁があったのですが、そのまま吸収されてしまったのです。

ただ、この買収は何も悪いことではありません。
この買収によってロエベはLVMHグループの豊富な資金と資源を有効活用することで、さらなる飛躍を遂げていくことになるからです。

LVMHグループに入ったことで、これまで上流階級のみのブランドだったロエベが中流階級にまで裾野を広げられたこと。
また、これまで鳴かず飛ばずだったプレタポルテに新鋭デザイナーを起用することで改革が図れたことです。

1998年からナルシソ・ロドリゲス、2002年からホセ・エンリケ・オナ・セルファがデザイナーに就任し、プレタポルテの売上も上昇していきます。

そして、2008年からはジバンシィ、ルイ・ヴィトン、マルベリーで活躍したスチュアート・ヴィヴァースがデザイン・ディレクターに就任します。

2013年以降は、自身のJ.W. ANDERSONを立ち上げ、今最も脂ののっていると言われるデザイナー ジョナサン・アンダーソンがクリエイティブ・ディレクターに就任したことでブランドの活性化を図ります。
ジョナサンは、これまでのブランドロゴを刷新し、新生ロエベをスタートさせたのです。